「この治療は全てのがんに効きます」の嘘

日本で氾濫しているイカサマがん治療(食品)の宣伝で良く見る文言があります。それは「この治療(食品)は全てのがんに効きます」という言葉です。一般の人がこの言葉を見たときには、「全てのがんに効くなんてすごい、私にもきっと効くはず」と感じるかもしれません。それに対して、医療者がこの文言を見た場合にはすぐに怪しいと疑います。なぜならば、そんな治療は存在しないからです。

手術・放射線・化学療法でも全てのがんには効かない

手術・放射線・化学療法・分子標的薬は、世界で最も多くの種類のがんに効果があって、頻繁に使われている治療方法です。

しかし、これらでさえも全てのがんは効きません。

例えば、放射線治療は前立腺癌などに良く効きますが、胃がんにはあまり効きません。抗がん剤も同様に、一つのお薬が全てのがんに効くということはありません。さらに、分子標的薬にいたっては、さらに絞られた特定の数種類にしか効かないものが多く、対象はより狭まる特徴があります。

最新のどんな治療でも、どんなに有名な治療でも、全てのがんに効くものは存在しません。

「がん」は多種類の別の病気の集まり

そもそも「がん」と呼んでいる病気は、たくさんの種類に分かれます。

まず、臓器別で20種類以上、臓器内で約個−数十種類程度に分かれ、さらにステージと呼ばれる進行具合で4段階程度に分かれます。例えば、肺がんー肺腺癌ーステージ4のようになります。単純にかけても、20 x 10 x 4=800種類にもなります。最近では、さらに遺伝子異常で細分化されるようになり、さらにステージも4つよりもっと細かくなっているので、数千にも分かれます。

「がん」と総じて言っている病気には、数千の別の病気が含まれています。

それぞれのがんで治療方法は大きく異なる

とっても大事なことは、この数千のがんで治療方法は大きく異なります。

ほとんど同じ治療をしていると勘違いしている人もいますが、実はかなり異なります。

手術はどのような進行段階では有効かや、放射線治療をどう行うか、どのぐらいの量を当てるか、化学療法はどのお薬を使って、どの程度をどのぐらいの期間行うかで、大きく異なります。

そのため、がんと呼んでいる病気に対した治療は、数千の方法があることになります。シンプルなようでとても複雑な世界です。それだけ違う病気ということです。

医師も把握しきれないがん治療の多様性

実はなんらかのがんの専門の医師であっても、自分の専門外のがん治療の細部はほとんど知りません。

例えば、私は脳腫瘍が専門ですので、脳腫瘍全般の治療方法は熟知していますが、肺がんとなるとほとんど知りません。脳腫瘍だけでもすでに数百になるので、それらを全てマスターするだけでも、5−6年もかかる作業ですので、他の腫瘍もマスターするのは不可能なのです。

それだけ、がんと言っている病気は別の病気なんです。

薬物療法を専門とする腫瘍内科や、緩和医療を専門にする医師などは、自分の専門領域のなかで、ほとんどの腫瘍の治療を勉強されておられ、多種類のがんを相手にされています。手術適応や診断などに関しては専門家との連携が必ず必要になります。

免疫療法も全てのがんに効果があるわけではない

免疫療法に関した宣伝文には「全てのがんに効く」の文言を良く見ます。免疫を賦活化すると謳う食品などでも、良くこの文言を見かけます。

免疫は全ての臓器にいくので、免疫療法なら全てに大丈夫という説明がされていることがあります。

この説明も正しくありません。

免疫細胞の各臓器への入っていきやすさには違いがあります。例えば、皮膚には免疫細胞が豊富に移動しますが、脳にはあまり移行しません。

また、腫瘍細胞の種類によって、免疫細胞に食べられやすさが変わります。例えば、免疫療法で最も効く免疫チェックポイント阻害剤(オプジーボなど)も、最近の研究では皮膚ガンには良く効きますが、脳腫瘍には良く効かないなどのことがわかってきています。やはり、免疫療法も全てのがんに効く治療ではありません。

「全てのがんに効く」は危険ワード

「この治療(食品)は全てのがんに効きます」という言葉には要注意です。実際にそんな治療は存在していませんし、「がん」の種類や治療の複雑さを考えれば、そんな短絡的な結論はありえません。そのような言葉に騙されないように注意をしてください。