「日本のがん死亡率は先進国のなかで唯一上昇している」の嘘
ネットでがん治療を調べると、「日本のがん死亡率は、先進国の中で唯一上昇している」という話が良く出てきます。そして、この言葉がでるとお決まりのように、日本でしか抗がん剤が使われていないからだとか、日本の標準治療がひどいという文句がでてきます。この話から病院での治療に不安を感じる方もいます。もちろん、日本だけで死亡率が上がっているというのは完全な嘘です。今回はこの嘘について解説したいと思います。
日本のがん死亡率は低下し続けている
まず、WHOの実際のデータを使って、日本のがん死亡率はどうなっているのかをお示しします。WHOサイトのグラフをそのまま以下に引用します。
こちらは、日本を含めた各国の「男性のがんによる死亡率」を比較したものです。日本は真ん中の図の中で、緑で表されています。日本は1990年代後半をピークに、その後はどんどん下がってきています。この傾向はほとんどの先進国で同様です。日本だけが上昇している事実は一切ありません。
次に女性です。
こちらが「女性のがんによる死亡率」です。真ん中の緑の線が日本です。女性の場合は調査が始まって以来、どんどん下がっており、現在でも低下が続いています。数字を見ていただくとわかりますが、日本女性のがんによる死亡率は先進国の中でも特に低いことが知られています。日本だけ上昇しているなんて事実はありません。
日本のがん死亡率は先進国の中でも低い
WHOの同じサイトからもう一つのグラフを引用して、世界各国の女性のがんによる死亡率の高さを比較したものをお示しします。
この図では赤色の濃さが増すほどにがんによる死亡率が高くなることを示しています。日本が先進国の中では珍しく、薄い色になっているのがわかるかと思います。これは死亡率が低いことを表しています。日本だけ高いどころがむしろ低いです。
巧妙な騙しのテクニックとは?
すでにご説明したように日本のがん死亡率が上昇しているというのは嘘です。しかし、イカサマがん情報のサイトには、とても巧妙な説明がされていて、一般の人が見抜くのが難しい現状があります。代表的な騙しのテクニックの一つをご紹介します。この騙しのテクニックはやや高等なので、ちょっと細かな解説をさせてもらいます。
この上のようなデータを載せていたりします。これは日本のがん死亡者数の推移を表したデータです。このデータは厚生省のちゃんとしたものです。このデータを見ると、たしかにがんで死亡する人の総数は年々増加しています。イカサマがん治療サイトでは、このデータをもとに日本のがん治療はひどくなっていると主張しています。これは正しいと思いますでしょうか?この結論は全く間違いです。これは巧妙な統計トリックで騙しています。実は、WHOのデータには年齢調整という処理がされています。がんの治療効果を評価するには、この年齢調整という作業が必須なのですが、イカサマサイトではわざとこの年齢調整をしていない、死亡総数のデータを使ったりしています。
年齢調整死亡率とは何か?
がんの統計データを解釈する際にとても大事なのは、年齢による影響を補正することです。がんの発生というのは年齢に大きく影響されます。以下の国立がんセンターのデータを見てもらうとわかるかと思います。
このデータは各世代のがんを発症する割合を示しています。30代の人と80代の人ではがんになる割合が何千倍も違います。そのため、高齢者と若年者の割合が違う集団を比較する際には、必ず同じ年齢構成であるように補正をしないといけません。
例えば、若い人しか働いていない会社の1000人と、老人ホームに入っている1000人の、がん死亡率を比較したとします。会社の方は、がん発症者は2人、死亡者が1人であるのに対して、老人ホームの方は、がん発症者が50人で、死亡者が15人だったとします。この死亡数だけみると、老人ホームの方が15倍の死亡率です。この二つを比較した時に、このデータをそのまま見て、この老人ホームがある地域のがん治療水準は著しく低いといえますか?もちろん言えないです。がんになる人が多い集団だと、がんで亡くなる人は増えますので、年齢を合わせた集団を比較しないと、どちらの方が死亡率が低いのか、どちらの治療水準が高いかの比較ができません。そこで行われるのが年齢調整死亡率を求めるという手法です。細かな計算方法は省きますが、要は同じ年齢構成の集団になるように計算してから比較します。
「年齢調整死亡率が下がる」が意味していること
ちょっと難しい話をしたので補足します。がん死亡数は増加しているが、年齢調整死亡率は低下しているとはどういうことでしょうか?日本は超高齢社会がすごい速度で進行していますので、がんになる人が爆発的に増えています。ただ、同じ年齢の10万人を過去と現在で比較すると、現在の方がその内で癌になる人の数は減り、癌になっても亡くなる人の数が著しく低下しているということです。
がんで亡くなる患者数は増えていますので、最近はがんで亡くなったという話を良く聞くというのは自然なことです。しかし、以前と違い、同世代でがんになる人の数は減り、また診断されても命が助かり長く生きている方が多いというのが年齢調整死亡率が下がっていることを表しています。
アフリカ諸国が最も高度な治療をしている?
理解のためにもう一つデータをお示しします。これは、Gapminderという世界の統計データを集めているサイトで、私自身が調べたデータです。
このデータの横軸は平均寿命を、縦軸には大腸結腸癌の死亡数(年齢調整していない)を表しています。図に出ている一つ一つの円は国です。円の大きさは人口の大きさを表しています。円の色はその国が所属している地域(アジア・アフリカなど)を表しています。これを見てもらうと、平均寿命が長い国ほど、大腸結腸癌で亡くなる人の数が増加することがわかります。日本は一番平均寿命が長いですので右端に出てきています。日本や黄色のヨーロッパ各国は平均寿命が長いので、大腸結腸癌で亡くなっている人の数が多いです。それに対して、青で示されているアフリカ諸国は平均寿命が短いので、癌で亡くなる人はとても少ないです。癌患者死亡数だけで話をしたら、アフリカ諸国が最も優れた癌治療をしていることになっていまいます。もちろんそれは違います。年齢調整をすると先進諸国が圧倒的に死亡率が低いという結果になります。死亡総数だけで話をするとおかしな結論になってしまいます。
嘘の目的
この嘘の目的はなんでしょうか?理由はいつも同じで、標準治療がひどい、日本の病院で行われる治療はひどいと錯覚させることです。患者や家族に医療不信を刷り込んで、病院で行われている治療から引き剥がし、高額の治療や食品を売りつけるためです。嘘に騙されてはいけません。日本のがん治療は確実に進歩しています。本当にお気をつけください。
まとめ
「日本のがん死亡率は先進国の中で唯一上昇している」は嘘です。日本の高齢化に伴い、がん患者数は上昇しています。しかし、がんになった場合に亡くなる確率は確実に低下しています。日本のがんに対する早期発見・治療の技術は確実に発展しています。統計トリックに騙されないようにお気をつけください。
更新情報
5/9/2018 年齢調節死亡率を年齢調整死亡率に変更しました。日本語訳ではそちらの方が一般的なようです。
9/19/2018 一部説明を訂正