なぜ副作用がある抗がん剤を使わないといけないのか?
抗がん剤とはがん細胞の増殖を抑える薬剤のことです。抗がん剤には効果もあるが、吐き気などの副作用を伴うこともご存知かと思います。この副作用のために、抗がん剤に対して否定的な意見をいう人が多いのも事実です。では、なぜ副作用がある抗がん剤をわざわざ使わないといけないのでしょうか?疑問を抱く人も多いかと思います。風邪薬などの一般的な薬にはひどい副作用はほとんどありません。なぜ、がんの薬剤は強い副作用があるにもかかわらず使うのでしょうか?今回は、その疑問について、私なりに答えてみたいと思います。
がん治療とは何をする治療?
最初に、がん治療とはそもそも何をしようとしている治療なのかについて説明します。ここが理解してもらうためにとても重要です。とてもシンプルにいえば、お薬を投与することで、がん細胞のみを殺して、正常細胞には全く害を与えないようにしようとしている治療です。当たり前のことのようですが、実はこれは簡単なようで、極めて困難です。
その理由は、がん細胞は正常細胞と比べて大きく異なる細胞のようで、実はとても似ている細胞だからです。そのため、がん細胞を殺そうとする治療をすると、少なからず正常細胞も殺してしまいます。そのために出る症状が副作用です。例えば、抗がん剤でがん細胞を殺そうとして、お腹の消化管の細胞も殺してしまうと、食欲低下・吐き気などを生じます。
なぜ、がん細胞は正常細胞に似ているのか?
それは、そもそもがん細胞は正常細胞から生まれたものだからです。人体を構成する一部の細胞では、正常な細胞が生まれて、それが成長して、やがて老化して死ぬということを繰り返しています。まさに人の一生と同じです。その過程で、この正常な発達と老化がおかしくなってできるのが“がん細胞”です。例えると、赤ちゃんが生まれて、成長していって大人になる過程のどこかで異常が起こって、好青年がぐれてしまい不良となり、やがてヤクザになるということが“がん化する”ということになります。
つまり、がん細胞は誰のものでもない、あなた自身の細胞からできていて、それがヤクザになってしまったものです。そのため、あなたの正常細胞と似ていて当たり前なわけです。もちろん、いろいろな違いはできます。例えば、大変に増殖が早くなって周りの組織を圧迫したり、細胞の形が変わったりします。これは、ヤクザになると入れ墨を入れて見た目が変わり、周りの人にちょっかいを出して困らせるのと一緒です。
がん治療で行おうとしていることは?
がん治療で行おうとしているのは、警察がこのヤクザだけを捕まえようしているのと一緒です。がん細胞だけが持つ特徴を識別して、それをマーカーにすることで全てを捕えようとします。例えると、入れ墨が入っている人を片っぱしに逮捕するというようなものになります。
ただ、問題なのは普通の人でも入れ墨を入れている人はいたり、周りを困らせる人はいたりします。それらを全て逮捕してしまったら、困ってしまう人もでるわけです。それが実際に抗がん剤を使った際に起こっていることと同じです。
抗がん剤は、がん細胞が持つ大きな特徴である細胞増殖というものをターゲットにしています。しかし、正常細胞でも細胞増殖しているものがあります。それは髪の毛の細胞だったり、消化管の上皮細胞だったりします。抗がん剤によりがん細胞はたくさん殺せますが、髪の毛の細胞も殺されてしまい脱毛したり、消化管の細胞がやられて食欲低下・吐き気・下痢などが起こります。
がんは人間臭い集団
我々がん研究者は“がん細胞”だけを見分けられる究極的な特徴を探しています。つまり、完全にがんにしか出ていなくて、正常細胞には全く出ていないものを探しています。ただ、その探索は何十年もやられていますが完璧なものはほとんど見つかっていません。なぜかといえば、がん細胞はそもそも正常細胞からできている理由に加えて、がん組織自体がいろいろな細胞を含んでいる不均一な集団だからです。
最新研究でわかってきたことは、がん組織には、とってもがんらしいものもいれば、正常細胞にそっくりなのもいたり、ちょうど中間みたいのもいます。また、さらに本当はとっても悪いものなのに、見た目は正常細胞とそっくりだったり、他の細胞をコントロールしている親分みたいのがあったりもします。がんは極めて人間くさい集まりで、単純な同じ特徴を持ったものが増えている集団ではなく、ヤクザも、チンピラも、不良程度のも、見た目は全然悪くないのに実は極悪の経済ヤクザみたいのや、組を束ねる親分みたいのもいたりします。とても複雑です。それらを全てはっきりと正常細胞と区別することはとても難しいのです。
どのようにしたらがんを倒せるのか?
では、そんな難しい不均一な集団を倒すのにどうしたら良いでしょうか?見た目悪い奴だけ倒せば良いんじゃないかなんて、生半可なことを言っていてはあっという間にがんに倒されてします。そのため、一般的な治療で行っているのは、ヤクザ全て、チンピラも、多少の正常細胞が含まれても構わないから、全て倒してしまおうと考えているわけです。組事務所と周囲の一般人の家も含めて爆弾で吹き飛ばしてしまおうとしているのです。そのぐらい本気でいかないと戦いには勝てません。
がん治療には、抗がん剤・放射線治療・手術・分子標的薬などいろいろとあります。今回は抗がん剤にフォーカスしていますが、他の治療でも基本的な狙いはほとんど同じで、がんのほとんど全てを含められて、多少正常細胞も含めて倒してしまうという戦略を取っています。そのため、十分な効果を得るためには多少の副作用をどうしても伴うことになります。
もちろん、研究者も医療者も現在の治療に満足しているわけではありません。特に、正常細胞を巻き込むような治療は、高齢者や体力のない人には大変に辛く、治療を諦めないといけない場面も多々あります。将来的には、完全にがん細胞しか叩かずに、正常細胞には全く影響がない治療が生んで、高齢者であろうと、誰でも副作用に苦しむことなく治癒させたいと思っています。そのような未来を目指して、我々がん研究者は黙々と研究をしています。
まとめ
副作用がある抗がん剤を使わないといけないことには理由があります。それは、がん細胞自体が正常細胞ととても似ているため、がん細胞を十分に倒そうとすると、正常細胞への影響を免れないためです。現在でも、多くのがんで副作用のない完璧な薬は開発されておらず、副作用を伴ってしまいます。しかし、副作用があるから行うべきでないと言っていては、がんとの戦いには勝てません。がんのメカニズムを良く理解してもらうと、本当の治療の意味が見えてくるかと思います。