「はたらく細胞」で癌を勉強しましょう

はたらく細胞という漫画をご存知でしょうか?体の中にある血球細胞を擬人化するという斬新な漫画で、人の体の中で血球細胞がどのように働いて健康を維持しているのかや、病気にどのように対処しているのかを知ることができます。血球細胞は本当にたくさんの種類があって、生物の教科書では何だかわからなくなることが多いのですが、漫画で分かりやすく学ぶことができます。

最近にアニメ化されて放送されていて、とても人気となっているようです。第7回が、「がん細胞」がテーマでした。

「はたらく細胞」公式ツイッターより

正常細胞に化けた癌細胞が免疫細胞に見つかり、激しい戦いの末に排除されるというストーリーでした。癌の初期発生を防ぐプロセスを紹介した話です。ぜひ、まだご覧になっていない方は見て下さい。Abema TVで見られるようです。

この話を見られ方は癌について詳しくなったのではと思います。この機会に癌のことをもっと知ってもらいたいと思いましたので、ブログでもアニメの解説をしたいと思います。ツイッターでもいくつか解説しましたが、その追加版になります。

癌細胞は正常細胞のコピーミスで起こる

今回のアニメにも描かれていましたが、癌細胞はそもそもどこから発生するのかといえば、それは体の中の正常細胞です。体内にある正常細胞の一部は常に分裂を繰り返しながら、若い細胞が生まれて、古い細胞は排除されて、健康な環境を保っています。例えば皮膚を見てください。見た目には変わっていないように見える皮膚も、実は毎日たくさんの細胞が新たに生まれて、古い細胞はアカとして排除されています。この新しい細胞を作る細胞分裂の際にミスが起こり遺伝子変異が入ってしまうことが稀にあり、それで発生するのが癌細胞です。

コピーミスが起こる割合はどのくらい?

この細胞分裂の際の遺伝子複製の正確さは驚異的で100億個の塩基あたり1個の頻度でしか起こらないとされています。これは驚異的な正確さで、宝くじの1等をあてるよりも、とんでもなく少ない頻度です。しかし、体の中にある細胞の数が約30兆個もあるので、1日に数千個の頻度で複製エラーを抱える細胞ができるのではと言われています。

遺伝子異常が蓄積したのが癌細胞

アニメでは一度のコピーエラーですぐにがん細胞ができるように描かれていましたが、正確には何百も蓄積されることで起こります。最初の数個の遺伝子異常くらいでは大きく増殖したりはしないのですが、遺伝子異常がたくさん蓄積されることで、初めて癌細胞といわれるようなものになります。そのため、癌ができるには数年~数十年かかると考えられています。

癌細胞になると異常に増殖して、周辺の正常組織を壊したり、浸潤転移して他臓器で増殖したりします。これは漫画にも描かれていました。また、癌細胞はたくさんの栄養を消費するため、体の栄養を奪っていきます。何もしていないのに急激に5~10kgも体重減少したときには、医師は癌を疑って精密検査を行ったりします。痩せたら必ず癌ということではないですが、体重減少は癌を疑う症状の一つです。初期の癌や、癌の大きさが小さい場合には体重が減ることは少ないです。

癌細胞はどのように排除されるのか?

今回のアニメにも出てきたように、異常が起こった細胞は免疫細胞によって排除されます。体の免疫細胞は常に体内の細胞を監視していて、コピーミスでおかしくなったものや、ウイルス感染しておかしくなった細胞などを見つけると、排除しようとします。その際には、あらゆる免疫細胞が動員されます。癌の排除には今回のアニメで出てきたように、マクロファージ、NK細胞、killer T細胞、helper T細胞、B細胞、好中球などが総動員されます。今回のアニメで紹介されていたような騒動が起こることになります。このような騒動は、毎日何百回も体内で起こっていると考えられています。

他の排除機構

アニメでは免疫細胞による排除だけ取り上げられていました。実は、排除機構は他にもたくさんあります。その中で重要なものは、細胞に組み込まれた自爆システムです。正常細胞には「癌抑制遺伝子」という遺伝子があって、異常な増殖をしたり、おかしな遺伝子変異が起こると自動検知して、細胞を自爆させるスイッチが作動して、アポトーシスという破裂してなくなる現象が起こります。これも大事な制御機構で、細胞が癌化しそうになると作動して増えるのを防ぎます。

癌細胞はどのように排除機構から逃れるのか?

そのように高度に制御されている中で、どうして癌はできてしまうのでしょうか?いくつかわかっている機構を解説します。

1、異常細胞が増えすぎて対処不能

高齢者になると細胞のコピーエラーが増加することが知られています。細胞が年をとるためです。それによって、癌細胞の元がたくさんできてしまい、免疫細胞が対処しきれなくなります。また、タバコも異常細胞を増やす原因です。タバコには発癌物質が含まれていて、これらは正常細胞に遺伝子変異を起こします。こうして異常な細胞を人工的に多量に作ることになってしまいます。これがタバコが癌を高頻度に起こす原因となっています。

2、免疫細胞の機能が低下

これも高齢者に癌が増える大きな要因になっています。高齢になるにつれて、アニメに出てきたような免疫細胞の機能が弱まります。そのためにがん細胞を排除しきれなくなり、大きな癌ができてしまいます。

3、癌細胞が免疫細胞から逃れる機能を獲得

癌細胞の表面に免疫細胞からの攻撃を受けないようにするシグナルが出て回避することが知られています。例えると、癌細胞が免疫細胞に賄賂を渡して見逃してもらうようなものです。このシグナルがたくさん出ているがん細胞は免疫細胞の攻撃を受けません。免疫チェックポイント阻害剤と言われる薬剤は、この賄賂を阻害して、免疫細胞の攻撃を再開させるものです。最近、各種癌でこの薬剤は強い効果を示しています。

4、自爆シグナルが停止

正常細胞が持つ自爆シグナルを癌細胞がわざと切ってしまうという仕組みもあります。がん抑制遺伝子であるp53などに遺伝子変異が入ることで、自爆シグナルが作動しなくなり、細胞がおかしくなっても自爆しなくなってしまいます。この機序は発がんにはとても大事なプロセスで、ほとんどの癌ではこの自爆シグナル停止が起こっていることが知られています。

ちょっと注意点

最後に、今回のアニメでは、ちょっと少し正確性を欠いていたかなという表現もいくつかありましたので、少し触れておきます。

1、笑いの効果でNK細胞が活性化されるという表現がありました。これはたしかにそのような基礎的なデータは出ています。しかし、一時的な笑いが恒常的に発がん抑制をするほどの効果があるのかは、まだ高いレベルの研究データはなく、効果は良くわかっていません。まあ、笑うことは悪いことではもちろんないですので、たくさん笑ってもらうに越したことはありません。しかし、それで確実に発がんを防げるかの証拠はまだ出ていません。

2、赤血球が免疫細胞達をがん細胞があるところに呼んでいましたが、実際の赤血球には免疫細胞を誘導するような機能はありません。

3、免疫細胞が発がんを予防するのはたしかです。そのため食品/食事療法/生活行動などで免疫力を上げて、癌を防ぐとうたう商売が横行しています。我々の日常レベルの行動で免疫機能を恒常的に大きく変化させて、発がんを劇的に防げることは確認されていません。この免疫力に絡んだ怪しい商売も多数ありますのでご注意ください。

はたらく細胞はオススメです

いろいろと細かな間違いも指摘しましたが、全体の内容はとても正確だったと思います。本当にこのアニメは教育的で素晴らしいと思います。一般の方が、癌を詳しく知る良い機会になるし、病気を科学的に捉えるくせもできると思います。病気の表面だけ知ろうとせずに、詳しいメカニズムに目を向けることは大事で、それは医療情報デマに騙されることも減らせるし、医師患者間のコミュニケーションレベルも上げられると思います。ぜひ、漫画やアニメを見ていただき、人体の仕組みについて楽しみながら知っていただければと思います。

原作の漫画 「はたらく細胞」もぜひご覧ください。


第2巻でがん細胞編があります。他の病気の章もとても勉強になります。ぜひご覧になってみて下さい。